3)ー1 具体的事例と対応・教訓

愛すべき厄介な人たち case4

髭人爺(ひげじんじ)です。

メンタル対応 実例ケース4です。

対象者:Dさん 女性 32歳 事務職 独身(当時)

・入社以来総務業務しか担当していなかったが、間接人員効率化の方針により異動し、筆者の部下として【人事担当】になりました。同僚のメンバーはDさんと年代的にもほぼ同じで、少人数ながら比較的若いグループでした。従来までの総務業務は事業所全体に関わることや社外からのお客様対応等が多く、個人の給与や社会保険情報を扱うのは初めてでした。性格は非常に生真面目で誰に対しても優しく、やや頼りないところはありましたが周りからも好かれていました。

 

発症:

ある時、定年退職される方の社会保険の処理でDさんが確認ミスをし、大きな問題となってしまいました。退職者ご本人は大変ご立腹であり、直接非常に強い口調でお叱りをうけました。筆者も筆者の上司ももちろん誠意をもって退職者の方にお詫びをし、Dさんと一緒に大至急でフォローをしたことで幸いにも何とか許していただきましたが、そのことがDさん本人にとって大きなトラウマになってしまったようでした。

1〜2か月を過ぎたころ、なぜかわかりませんが、だんだん生気がなくなり表情もうつろで、業務の失敗も多くなりました。席を長時間離れていたり、業務時間中も集中に欠ける姿勢が見て取れるようになったりしたため、Dさん本人を別室に呼び出し「最近、業務に集中できてない気がする。少しネジが緩んでいないか?」とたずねたところ、「実はメンタルクリニックに通院している」との報告を初めて受けました。やはり数カ月前の大きな失敗が彼女の心の傷になっていたようです。(後になって考えると「ネジが緩んでいないか?」といった❝上からの指導目線❞での言い方は、それそのものがプレッシャーになり、本当の声を出せない理由にもなっていたのだろうと猛省します)

また性格的にも真面目な分、自分の力量不足を認識していたようで、同じ職場の他のメンバーが人事担当としてのスキルも経験値も高いことが強いプレッシャーになっていたようで、仲間同士の日常のちょっとした言葉のやり取りの中でも、“馬鹿にされている”“嫌がられている”と受け取ってしまい、全く人事関連業務に対しての自信を失っていたらしいのです。

このころDさんはゆっくりでなければ歩けないとか、トイレで手を洗っても洗っても汚れが落ちていない気持ちが続いてしまうとか、職場に座っていると不安感が強くなってしまうとかで、人知れずトイレの個室でじっとしていた『つらい毎日を必死に耐えて過ごしていた』という突然の告白でした。この話を打ち明けられた時、私自身が『一番敏感でなければならない【人事マン】として、しかも一番身近にいる上司として、それまで全く気付けていなかったこと』に非常にショックを受け、たった一人で苦しませていたことを初めて認識して非常に情けなかったのを覚えています。(※いまだにDさんには申し訳なかったという気持ちを拭い去れません)

 

対応:

本人からメンタル発症を打ち明けられたことから、まずは①業務分担を変更して負荷を減らし、②毎日二人で話す時間を作り ③「ちゃんと一緒にやっていくから心配するなよ」と励まし、④Dさんの作業も手伝ったりしていました。その後もあまり症状は治まらず、作業上の検印を押そうとすると手が震えてしまうとのことで、代わりに押印したりしていました。(実はこの対応にも問題があったことに気づくのはずっと先になってからでした)

数カ月経過してもどうしても症状が治まらなかったため、本人を元の職場に戻し、人事担当から外す人事異動を行いました。その内示の際に、Dさん本人から話を聞いたところ、「毎日毎日髭人爺さん(筆者)に悪い、髭人爺さんに迷惑・負担をかけて申し訳ない。すみません。」と思って苦しんでいたというのです。なんと、寄り添っていたはずの自分自身が今度は彼女にとっての大きなストレッサー(ストレスの原因)になっていたらしいのです。自分自身の、精神的な病気の特性についての認識不足自分ならDさんを立ち直らせることができるという思い上がり(過信)等が本当に恥ずかしく、Dさんに対しての申し訳なさでいっぱいになりました。

 

結果:

①当初、メンタル発症を打ち明けられ、業務負荷を落としたり、一緒に作業を手伝ったりするということについては、若干は効果はあったとは思いますが、Dさん本人の成長・成功体験にまではつなげることができず、逆に「みんなに迷惑をかけてしまって申し訳ない。自分が情けない」という気持ちを喚起させてしまいました。

②元の職場(自宅からも近い)への異動で総務業務に戻ったことにより、Dさん本人の病状は落ち着き、その後は結婚もしてお子様も産み育児休職も経て職場復帰し、業務にも貢献できるようになってくれました。

 

教訓:

1)マネージャーおよび人事担当は、メンタルヘルスケアについての最低限の知識は理解しておくべきと思います。「寄り添って元気づけていけば病気は治る」という間違った認識は不要であり、自分のマネジメント能力を過信しないことが重要です。(「心の風邪」は愛情だけでは治らないので)専門医に早期にきちんとつなぎ適切な処方を受けることです。

2)職場や担当業務を変える際には、本人の特性や経験も踏まえて決定し、全てがうまくいくとは限らないリスクがあることを認識しておくべきです。今回人事関連業務のような特殊な業務についた場合はうまくいかなかったが、元の職場(事業所)に戻ると回復できました。本来は常に適材適所をベースに育成ローテーションを考えるべきで、職場や職務を変えた人については、特に定期的に状況確認とフォローを実施し、本人が成長できているかを継続的に確認する必要があると思います。

3)精神的に落ち着いてきたら、小さな業務テーマからで良いので、敢えて一人に任せ(後ろでうまくコントロール・フォローしながら)成功体験を積ませ、自信を積み上げさせることで、ストレス耐性をつけていければなお良いと思います。(何もかも手出ししていたら独り立ちできない)

 

「何とか力になってやりたい」と上司や先輩が思うことは自然ですし、それは本人の回復のためには不可欠と思います。が、筆者自身も骨身にしみたのは【心のケアについては素人考えは禁物であり、謙虚に自分自身の限界も認識して、できるだけ早く信頼できる専門家につなぐこと】が何よりも不可欠と思います。むしろ、周りの人にしかできないのは「『普段とどこか少し違う』という様子に気づいてあげること」だと思います。